|
環境と日々の暮らしを考える ■最初の手紙■ 渥美先生へ 「こっちに来たからっていって、別に何も変わらん」 ただ、沙漠化が進む内モンゴルの大地に自分の足で立ったこと、そこで動いて見て感じたこと、それはまぎれもない事実です。それが何より大切なことなのだと思います。 ここへ来た最初の年、畑の準備をしながら見上げた防風林の新緑の鮮やかさに、しばらく呆然と見とれていたことがあります。その時に思い出したのが、春休みに田舎に帰って見ていた田圃をおおう蓮華の花であり、蝉の声の中で草野球に興じていたことであり、空を埋め尽くす赤とんぼを捕まえる競争をしていたことでした。 本当はその期間にも、どんな暮らしをしていようとも、自然の中で、季節の移り変わりの中で生きていたはずです。しかし、心理的な空間としては、完全に閉ざされていたといえるでしょう。身の回りにカーテンをかけて外を見えなくしてしまっている。家の中=快適な人間社会だけを見て、それがすべてだと錯覚してしまう。そして、見えない=存在しない場所は無視して、自分たちの社会という見える部分を自分たちの都合だけで変えてしまう。 しかし、実は薄い布が間にあるだけで、自然の中にいること、自然とつながっていることには何らかわりはありません。このため、カーテンの外を考慮に入れずに社会や生活のスタイルを変えていったことが、当然の結果として自然に限界を超えた負担をかけてしまっているのではないでしょうか。これが、環境問題と呼ばれるものの一番根っこの部分なのだとおもいます。 これまでにも多くの人が沙漠化防止ツアーに参加してくれました。その中には、その後、会社を辞めて海外青年協力隊に参加した人、これから参加しようという人もいます。あるいは大学院進学をやめて「やっぱり緑に関わる仕事がしたい」と園芸の専門学校に入学する人もいます。 今のところ、わずか数人の小さな出来事です。しかし、その小さな積み重ねの先に社会の大きな変化がある、いやその先にしかない、のではないでしょうか。だから、一人でも二人でも何かを感じ、変わっている人がある限り、この活動をつつけていく意味があり、使命があるのだと思います。 増田より |